なんもだ
北海道弁に「なんも」という言葉があります。
「ありがとう」に対して“どうしたしまして”とか、
「ごめんなさい」に対して“大丈夫”“問題ない”なんて意味で使う言葉です。
僕らの世代くらいになるとあまり使う人は少ないのかもしれませんが、
年上の方にこの言葉をかけれれるとホッとするというか、
心が落ち着くことがあります。
ここ最近、
人のお話をお聴きしている中で、
その”ごめんなさい”って必要かな?
そこまで申し訳ないと思うことなのだろうか?
と感じる事がいくつかありまして。
ある行為や行動に関して、
出し手と受け手では意図やその汲み取り方が違うってことはよくありますよね。
出し手としては、
必死になって苦労している人に対して、
少しでも助けになればと差し伸べた手が、
受け手にとっては、
迷惑をかけてしまったと、
申し訳なく思ってしまう。
時と場合、感情、関係性によって、
捉え方は様々ではありますが、
個人的にはそんな時に「ごめんなさい」より、
シンプルに「ありがとう」が増えたら良いなと思っています。
そしてその「ありがとう」に、
「なんもだー」って優しくゆるく返せたら。
そしたらお互いにほっこり笑えるかなって。
20代の頃、
北海道弁って、
なんとなく自分の中では古臭くてダサいなんてイメージを持っていましたが、
その独特なイントネーションからくる丸みみたいなものが、
優しさを生んでいるような気がして、
30を越えて北海道に帰ってきてからはあえて使ってみたりします。
2018年に平昌オリンピックで話題になった「そだねー」なんて言葉もありますが、
時として攻撃的な武器にもなってしまう言葉というものが、
丸みを帯びて、
温度を持って、
優しさで人を包めたとしたら、
それはそれは素敵だなと思います。
なんもだ。
って笑顔で、
皆さんも誰かを包んであげてみてください♪
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ここがあなたの心の寄り処になれますように。
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