そこにどんな理由があったか

昨日に続き
16~7年前のお話を。

皆さんは高校生の頃
その先、何をしたいか
具体的な目標ってありましたか?
今、まさにその世代という方や支える親御さんは
いかがでしょうか?

僕は北海道の中でも
上位を争う高校に必死で入学したにも関わらず
その先の具体的な目標みたいなものを
受験生になっても見出せずにいました。

何をやりたい?
自分にそう問うて色々答えを探してみても
その職業の悪いイメージの方ばかり先行してしまい
なかなか決断には至りませんでした。

小さい頃は
郵便のおじさんになりたい、工事のおじさんになりたいなど
目に見える職業にすぐに憧れを抱いていて
もう少しすると
サッカー選手になりたい、ケーキ屋さんになりたい
中学生くらいになると
アナウンサー、新聞記者、弁護士など
色々好き勝手言っていましたが・・・。

その頃
なんとか絞り出したのが高校教師。

1年生の時の担任の先生(数学)が
厳しい先生ではありましたが
人のことをよく見ていらっしゃって
色々と気にかけてくださっていたこともあり
目指すならあんな先生(かな?)くらいの思いがあったのだと思います。

先に大学進学で姉も北海道を出たし
自分も北海道を出てみたいという思いから
自分の学力で届くところを目指すことにしました。

ただ、勉強は好きだけれど
試験のためだけに勉強するという時間があまり好きではなく
結局塾にも通わず自力で受験に臨みましたが

当時のセンター試験で思う様な結果を残せず
後期は少しランクを下げるという選択も提案されましたが
結局、横浜国立大学の前期・後期とも不合格。

自宅浪人の道を選ぶことにします。
(それでも塾には行きたくなかった)

しかし結局半年くらいはほとんど真面目に勉強せず
アルバイトとフットサルに明け暮れていました。

アルバイト先のオーナーさんに
そろそろ辞めた方が良いんじゃない?と言われて
9月にアルバイトを辞め(受験後にまた少し再開する約束)
ようやく動き出したのが10月。

今は存じ上げませんが
横浜国立大学の教育人間科学部の合格基準が
かなりセンター試験重視の割合だったので
開き直ってセンター試験の過去問だけを
ひたすら解き続ける毎日でした。

この残り時間少ない時の方が
集中力とモチベーションは増していたと思います。

それには大きな理由が2つあって
1つは受験で横浜に行った時の
街の雰囲気がとても素敵だったこと

2次試験の受験科目が小論文のみだったので
ちゃっかり観光をしてきていたのでした(笑)
港町の雰囲気が好きで
この街に住んでみたいなと単純に思ったんですよね。

そして2つ目。
数年前から両親の不仲がひどくなり
この頃は毎日の様に声を荒げて喧嘩をしていて
ここを出たいという思いは日に日に増していったこと

不思議ですが
夢中になる理由がある時の集中力ってすごいもので
自己採点ですが
もとから諦めていて5~7割目標にしていた数学以外
8~9割の得点を叩きだすことができ
無事にリベンジすることができました。

理由って本当に人それぞれ様々にあると思います。

後付けでもこじつけでも良い。
それがあることでモチベーションが上がったり
決断に繋がることってあるんだと思います。

ご自身で迷う時、
迷っている人が傍に居る時、
まずはいったん理由探しを始めてみても良いかもしれません。

※この話には続きがあるので、そちらはまた後日お話しします(笑)

投稿者プロフィール

榊原一樹
榊原一樹くれたけ心理相談室札幌支部 心理カウンセラー
ご覧いただきありがとうございます。

ここがあなたの心の寄り処になれますように。

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